2012年12月10-13日(月-木) EXHIBITION: FACTORY RECORDS

Factory Records Exhibition
19:00-23:00
Entrance: 500yen ※ドリンクをオーダーされた方にはお好きな音源を1枚DLして頂けます。
curator: AGI Yuzuru ( 阿木 譲 )

ファクトリー・レコードは、マンチェスター、リバプールを中心とする北西イングランド地域と、リーズやシェフィールド、ヨークを中心とするヨークシャー・ハンバー地域のノース・イングランドから発生する音楽、ビートルズやノーザン・ソウルから受け継がれてきた伝統的なノーザン・サウンドを象徴するもので、トニー・ウィルソン ( Tony Wilson ) によって設立された。
’50年マンチェスター/ソルフォード (Salford) に生まれ、マンチェスターのテレビ局グラナダ・テレビの番組So It Goesの司会を務めていた彼は、78年1月にファクトリー・レコード (Factory Records) を設立し、ドゥルッティ・コラム、キャバレー・ヴォルテール、ジョイ・ディヴィジョン、ニュー・オーダー、ハッピー・マンデーズなど地域のバンドのレコードをリリースし、レコード売り上げも好調で大成功する。
その後、’82年に19世紀の織物工場の建物を再利用したクラブ・ハシエンダをオープンする。ファクトリー・レコードからクラブ・ハシエンダに続く彼の運動は80年代の終わりには、マッドチェスター (Madchester)・ムーヴメントとなり、70年代のパンク・ムーヴメント以上の、イギリスの音楽シーンを揺るがすほどの大きな影響を与えたが、そもそもアンチ金儲け主義のトニー・ウィルソンは、アーティストの権利を何よりも優先させる方針から資金的に行き詰まり、ファクトリー・レコード自体も’92年に、ハシエンダも’97年に事実上経営破綻している。
死の直前の2007年のインタヴューでトニー・ウィルソンは、” 私はこの業界で仕事をしてきて、まったく金儲けをしなかった ( I’m the one person in this industry who famously has never made any money ) ” という発言を残しているが、ピーター・サヴィルのジャケット・アートワークにみられる1枚々のレコードにかける金銭感覚をみても、それは頷けるだろう。しかし、イギリスでの、こうした70-80年代のインディペンデント・レーベルにおけるビジネスのノウハウは、このニッポンの音楽業界ではまだまだ活用可能で成長可能なものだと、ボクは信じているし、ニッポンの音楽産業の未来の答えはここにしかないとさえ思っている。( 03/26/2009の阿木譲のブログより)

以下、阿木譲のブログcascadeから抜粋
****ファクトリー・レコードのなかで最も好きだったユニットは、ジョイ・ディヴィジョンでもニューオーダーでもハッピーマンデースでもなく、ア・サーティン・レシオだった。ファクトリー・レーベルの創設者トニー・ウィルソンが最も力を入れていたバンドがACRだったし、イーノの初期のアヴァンポップを継承するパンクファンク・バンドとしての彼らの特異なダンスミュージックは、ニューウェイヴ・バンドのなかでは突出して輝いていたし、ロックファンには総スカンを喰らったが、新しい時代の息吹を察知していた音楽ファンにはファクトリーのなかでは最も支持されていた。日没、黄昏の、80年代ブリティッシュの移ろい行く時代を象徴するア・サーティン・レシオの、心にいまも残響するパンクファンクだった。2000年にnuphonicレーベルから発表されたAndy Weatherallの“Nine O’Clock Drop”では、80年代のニューウェイヴ・ディスコ/パンクファンクと呼ばれたア・サーティン・レシオの曲”Water line”が、Quando Quango、23Skidoo、Colorbox、400Blows、Normalの曲などに混じって選曲されリミックスを施されてコンパイルされていた。そしてソウルジャズ・レコードから”Shack-Up”のオリジナル・ヴァージョンがシングルカットされ再発されたり、2002年には2枚組コンパイル・アルバム「Early」、7インチシングル「Do the Du」、2枚組10インチ「B-Sides,Sessions & Rarities」などが続々リリースされているし、ファクトリー・レコードの創設者トニー・ウィルソンの伝記映画“24 Hour Party People”では主に彼らをフィーチャーした映像構成がされていた。

****黒い麻生地のような柄が浮き出た触覚紙(tactile paper)の上に地殻変動に似た”white radio waveform, pulsar CP 1919″をプリントしたピーター・サヴェルのデザインによるカヴァー、JOY DIVISION “Unknown Preasures”が発売されたのが’79年だった。内袋には新聞の切り抜きから使用されたドア・ハンドルに触れる手の写真が配され、また’80年リリースの「Closer」のカヴァーはイタリア・ジェノヴァのスタリエーノ (Staglieno) 墓地の写真が引用されたジャケットデザインで、それらの思わせぶりなイメージ=神秘的/暗示的アイコン(記号)がジョイ・ディヴィジョンの音楽に与えた影響は大きく、イアン・カーティスの自殺と交配して拡張していく正にサヴェルが語っていた”power of the reductive process”(過程の変形のパワー)そのものであった。ジョイ・デヴィジョンやファクトリー・レコードは、イコール、ピーター・サヴィル(Peter Saville、1955年-)のグラフィック・デザインに支配されていた部分が大きく、ジョイ・ディヴィジョンや、他にはフランス人画家アンリ・ファンタン・ラツールの花の絵を使ったニューオーダーの”Power, Corruption and Lies”などはその象徴的なものだろう。個人的にファクトリー関係のレコードを買っていたのはその音楽よりも彼のジャケット・デザインに惹かれていた部分がかなり大きかった。

***81年、Deniyse Willemのエロティックでシュールな絵画が配されたクローリング・カオスの ” The Gas Chair ” や、Martyn Atkinsによるクリスピー・アンビュランスの ” Unsightly & Serene ” のジャケットには、不吉な、湿った沼地に立つ屍や幽霊が描かれていて、それらは自殺したイアン・カーティスの亡霊に憑かれた死望依存症候群のような、ロックが死に絶える寸前のエロスとタナトスのアンビバレンツな欲望が混在した暗い気配が漂っていた。ボクもまた、ロックの未来や、ロックファンという存在の嘘っぽさに絶望を感じ始めていた頃で、’76年の春から’82年までの、6年もの間に42冊もの雑誌 ” rock magazine “を編集し終え、ひとつのピリオドを打つために2ヶ月間ドイツ、デュッセルドルフからベルギー、ブリュッセル、イギリス、ロンドンに取材旅行に出かけていた。’82年といえばソニーが日本初のコンパクト・ディスク・プレーヤーとCDソフトを発売した年で、アナログからデジタルへの次世代メディアへの移行が進んでいた。いまから思えば’82年の、その技術革新は想像以上に音楽の聴き方そのものをも変化させたし、時代をも激変させてしまった象徴的な出来事だったように思える。

***マンチェスターのグラナダ・テレヴィジョンが、Steve LockとSimon Masseyによって制作した “Madchester-The Sound of the North ” には、ノースサイド、ハッピーマンデーズ、808ステイトなどを通して、 ” 24アワー・パーティー・ピープル ” とは違った角度で捉えたファクトリー・レコードの壊れていった栄光がリアルに記録されている。

***ヴィニ・ライリーのファースト・アルバム「The Return of the Durutti Column」には、”存在そのものがなにかを傷つける”という彼のプロパガンダが仕組まれていて、静謐で優しさのなかにこそ、ほんとうは暴力的でラジカルな屈することのない強い意志が潜んでいるものなのだと思ったものである。そう、存在し続けるということは、ひとを傷つけてしまうことの連続なのだ。ちなみにドゥルッティ・コラムというのは、30年代のスペイン市民戦争のときの、共和国軍に参加して闘ったアナキスト”Buenaventura Durruti”や彼の率いた小隊の名前に由来しているそうだが。’77年にマンチェスターでノースブリーズというパンクバンドでギターを弾いていたヴィニ・ライリーは、パンクにある暴力的/破壊的意味に欺瞞を感じていた78年に、Factory Records創設者トニー・ウィルソンと巡り会い、マーティン・ハネットのアイデアによるリズムボックスとシンセの音にあわせてギターを爪弾き”Sketch for Summer”という曲が生まれた。ヴィニ・ライリーの、音楽創造のアイデアの背景には、”音楽の形式主義を支えながら、それらを発展させていき、聴く人々のためになる音楽を作る”ことにある。

使用DVD
●UMBRELLAS IN THE SUN
A Crepuscule / Factory Benelux DVD 1979-1987

http://vimeo.com/search?q=Peter+Saville

Peter Saville from Paul Gacon on Vimeo.

Peter Saville

from Paul Gacon 8 months ago
Animated covers designed by Peter Saville

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Arkitip No. 0049, Peter Saville: Packaging Supplement from The Arkitip Chronicles on Vimeo.

Arkitip No. 0049, Peter Saville: Packaging Supplement

from The Arkitip Chronicles PLUS 3 years ag

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Peter Saville

from Anne Di Lillo PLUS 7 months ago / Creative Commons License: by nc nd

curator:
AGI Yuzuru ( 阿木 譲 )
agi
評論家 / 編集者 / プロデューサー
1976年に「ロックマガジン」を創刊する。「ロックは掃除機、ロックはスポンジ」というコンセプトが理解されることなく、その後に発行された「EGO」でロックへの決別を表明する。
そして1990年にアシッドハウス等について書かれた「E」以降はエレクトロニックミュージックに傾倒し、1999年に発行された「Infra」、「Bit」ではフューチャージャズ、クラブジャズ、ジャズに傾倒する。
現在、紙媒体での露出はないが、自身のレーベル「remodel」より関西若手エレクトロニックミュージシャンを主に置いた「a sign」、2012年3/9のオープニングイベントで壮絶なサウンドスケープをうみ出したことも記憶に新しいSvrecaが主宰するスペインのレーベル「Semantica」の未発表音源を集めた「PROLOGUE : SEMANTICA RECORDS COMPILATION」、2012年9月にはUKの重要レーベルCherry Red/Creation等から作品をリリースし、そのファンタジックな世界感が高い評価を受けるMomusによるコンセプトアルバム「In Samoa」をリリース。Momusにとって1つの転機となる作品となり、話題を呼ぶ。

多方面に影響を与えていたブログは現在閉鎖し、自身のイベント「encode」の入場者限定で配布される冊子でのみ尖端音楽を紹介する。

氏の姿勢として一貫しているものは、絶えず新しい音楽を求め、モダンであろうとすることだろう。
運動体である音楽を遡って見た時に、氏が紹介 / プロデュースしてきた音楽が物事の本質、音楽の潮流を外れることなく、リードし続けてきたということは驚くほかない。

自身から明言はしないものの、音楽を通じて「生きること」ということを問い、表現しているように思う。

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